the beautiful peninsula

冬が近づき始めた秋の山に、一本の道があった。
きれいに晴れ渡った蒼い空が森と鮮やかなコントラストを生み出す。
道はヘビのようにうねうねと山を這い回る。アスファルト舗装はされていたが車線もガードレールも無く、ほとんどひと気を感じられない道だった。幅は車一台分ほど。

その中を原チャ(注・原動機付二輪車。空を飛ばないものだけを指す)が走っていた。
所々落ち葉が埋める道を、葉を巻き上げながら原チャは走っていく。
運転手は黒いコートを着ていて、冷たい空気が入らないよう襟元をきっちりと閉めていた。鈍い銀色のヘルメット被り、今は必要のない黒いゴーグルをそれに巻く。歳は10代の中頃、赤茶色のフレームの眼鏡をかけ、さえない顔つきを持っていた。

運転手はカーブ手前でアクセルを緩めて減速して、進む先を見ながら原チャを傾け、また直線でじんわりと加速する。そうしたカーブを何度も通過し、どんどん奥へ上へと進んでいく。
原チャを走らせながら、
「あー……」
力無く運転手が口を開いた。
「何さ?朝涼」
原チャが聞いた。朝涼と呼ばれた運転手は奥歯をがちがち言わせながら
「寒い。何でこんなに寒いんだ」
「そりゃ高度が上がってるからさ。あんな軽装で旅に出るのが悪い」
原チャの批判を軽く無視した朝涼は、
「さっき冷たい潮風に吹かれ続けてファミマで無印Tシャツ買ってトイレで着込んでなかったらもう死んでたよ、確実に」
「やけに今日は説明的だね」
更にツッコミを入れられる。
「やかましい!お前に火をつけて暖を取ってやろうか、ジャック」
ジャックと呼ばれた原チャは、
「爆発したら温もりじゃ済まさないぜ、ベイビー。それに、移動手段もなしにどうやって山を抜けるってのさ」
冷静に切り返した。運転手はうぐ、と言ったきりしばらく黙る。


「それにしても急な話だよね。ものぐさ朝涼が島原半島一周の旅に出るなんて」
少し時間が経って、ジャックが話しかけた。
「せっかくの連休を何の思い出も無く終わらせたくなかったから。それにあのまま家にいたらまた手伝い名目の強制労働させられるし」
「親不孝者ー。それにここで遭難して助けてくださいーって森林の中心で哀を叫んじゃったりしたら余計迷惑かけちゃうぞ」
呆れるジャックに、
「大丈夫。さっきから一台も車とすれ違ってないし携帯もずっと圏外だから」
何の根拠も無い自信で応えた。


「あーあ、なんでこんなところ走ってんだろ」
一段と急なカーブを曲がったところで朝涼は愚痴った。
「『もう一周なんてどうでもいいや。あ、県道だしここ曲がったら山越えて島原に出られるかも』って30分前に誰かが言ってた気がする」
「男に後退の二文字はねぇ!」
「落ち着いて朝涼、もう意味がわかんないから」


「へっくし。もうだめだ。さむい」
「たかい」
「こわいダス」
「何言ってるのさ」